12月30日朝10時、誰かの部屋のノックで起床。
割としっかり目に寝たことで体調が少しはマシになったとはいえ依然として身体が重い。
クソ重OFUTONをどけてドアOPEN。
昨日の夜部屋に案内してくれた召使が立っていた。
なんかいうとるが、英語がほぼ通じなくておーん。
しゃーなしでジェスチャーとクソ簡単な単語で会話。
何やら朝食を用意してくれるようなことを言っとる。
阿、ここ朝食付きなんですね、サンガツ。
ほな、もらえるもんはもらいましょか。
少し待ってると再び召使が来て朝食を持ってきてくれた。
朝食はトーストと目玉焼きとりんごと謎のフルーツとチャイ。

もう朝飯カレーだったらどうしようと怯えていたが西洋の朝食で神になった。
Naclがバカほど不足しているので目玉焼きに塩を大量に振りまくり貪る。馬🐎。
朝食食ってたら何故か宿主の子供も挨拶に来た。
5歳くらい、ちょいぽっちゃり。
ワイ、最近覚えたアッサラーム・ワレイクムを攻撃表示。そして握手を交わす。
この歳くらいからでもそういうのは覚えさせてんのか。まぁワイらも親からこんちわちゃんとやれ言われてたからそういうもんか。
しかし子供は万国共通でかわいい。よく食ってちゃんと育つんやで。
その後1階に降りて軽く宿主と会話(こちらは英語喋れる)して外出。
今日は大きな予定としては何もないので、Tの家に凸することに。
Googleマップニキによると、宿から歩いて1.5kmちょいくらいのところらしい。
ほな天気も良いし、てくてく歩きましょ。
宿の外に出る。昨日はよく見えなかったけどやっぱでかいなこの家。

そんでここら辺はなんか道も家も全体的にきれいだしデカいですねぇ!


ここの人たちもれなく金持ち??
後で聞いた話だが、この宿のあたりはDHA(ディフェンスエリア、ドコサヘキサエン酸ではない)というらしくて、セキュリティがしっかりしてる治安が良好な場所らしい。

つまりパキスタンでDHAと書いてるエリアの中は安心して歩けるっちゅうこっちゃ。ただし、何も用がないのにDHA内を歩いてると、巡回してる警備員みたいなんに「お前どこから来たんや?何してるんや?」みたいなんなって色々聞かれてめんどいので、回答は用意しておいた方が良いナリ。ワイの場合は付近に宿があったのでそこの住所とマップで場所を見せたらすぐ解放してくれた。ついでにほっつき歩いてたら毎日会うので仲良くなって、最終的には会話とかチャイ飲むくらいの仲にはなったとさ。
ありがとうT、ワイを慮って安全なとこに宿とってくれて。
空を見上げる。昨日の濃霧が嘘のようになくなってる。
どうやら濃霧は夜と早朝限定らしい。それはそうか。
ラホールは大気汚染が世界最悪の都市とよく言われている。インドやバングラデシュよりもエグいらしい。体感はインドのデリーと変わらん。行った時は冬だったので濃霧以外ではそこまで酷いと感じることはなかったが、何故か咳はとまらなかった() 2回目行った時は体調万全でも、それはそれは酷くて咳がとまらなかった。たぶん砂埃やら化学物質がエグいんやと思われ。なので喉弱いニキネキはマスク持ってくことを推奨する。
1Kmほど歩くとすこし大きな通りに出た。


やはり YERROW MONKEY のワイは珍しいらしい。

道ゆく通行人からジロジロと好奇の目を向けられる。
ワイ負けじと睨み返し、スキル「威圧」発動。
そしたら何人かは物珍しさからか、向こうから声をかけてくる。
どこから来たんや?
ジャップや!!
おぉ〜ウェルカムパキスタン。ほな飯でもチャイでも飲んでくか or 食ってくか?(カレー)
いや、遠慮するやで(腹がやばい)
〜終〜
こんなやり取りが道端で2,3回あって目的のTの家のエリアへ。
こちらもDHAで別フェーズの方。
色々回った後で気付いたが、DHA内の家はほぼ全部にでっけぇ門と電気網みたいなんがついてる。


そしているところには警備員が常駐している家もある。
ほんで家ももれなくデカい。平均で6~7 (S)LDKくらいありそう。

そんなこんなでTの家に到着。やはりそれなりにでかい。
やっぱ Tは良いとこの坊ちゃんやんけ!!
インターホンを鳴らす。開門して出てきたのはメイド。
誰?みたいな顔されたけどその奥からTの妹出現。
待ってたやでみたいなん言われて挨拶を交わす。
Tがイケメンやから妹さんも美人さんやねぇ。
どーも、こんちくわ。
OUCHIの中へ案内される。
リビングにTのビッグ・マムがいたので挨拶。
歓迎してくれたけどちょい謎の緊張感が走る。
小学校ん時とかの友達んちに初めて上がる時のような感覚を、この歳になって思い出した。
しかしなんでワイ、パキスタンまで来て友人の家族と会ってるんやろか??
めっちゃ不思議な感覚や。
そしていよいよTとご対面。
ヘイヘイヘイ、1ヶ月以上ぶりぶりやな。
熱い抱擁を交わす。
膝は痛々しい手術の痕というかプロテクターが。
なんか日本で会ってないのがすごく変な感じする。
少し話をしてるとTマムに別の部屋に案内された。
どうやらTのグランドファーザーのようだ。こんにちわ。
おじいちゃんはワイのことを大層歓迎してくれた。あったけぇ。
どうやらおじいちゃん、元パキスタン空軍のパイロットだったらしい。
当時の写真もあった。どちゃくそイケメンですやん。
話を聞くとインド・パキスタン戦争の時に活躍してたらしい。
『この時代に老兵を見たら生き残り思え』
やだ…かっこいい…
どうかお体をご自愛くださいませ。ずっと長生きしてね。
挨拶とハグと軽い会話を済ませ再びTの部屋へ。
Tと旅路の途中、イスラマバードとチャクダラであった色んな話をした。
さすがにチャクダラはなんでそんな危ないとこ行ったん?って苦笑いされたけど。
僕でも行かんって言われた(ゑ、そうなの?w)
しばらくしてメイドさんが飯やらクッキーやらチャイやらをしこたま持ってきてくれた。

いやぁ至れり尽くせりですなぁ。初めて会うワイなのにこんなもてなし受けてええんか?
旅人の諸先輩方曰く、パキスターニのもてなしは世界でも群を抜いてると見たものの、実際に体験するとこりゃたまげたなぁ。
パキスタン人のことがこれでまた一つ好きになったよ。
ついでに家で飼ってるネッコも挨拶にきてくれた。

ターボという名前らしい。毛の長さからしてペルシャ猫っぽい。知らんけど。
ネッコ有識者ニキネキ教えてほしいわ。
この家にはメイドが2人いるらしい。これがパキスタンの中流階級以上の普通なの??
というか日本にはメイドとか召使とかいう文化がそもそもないから、すげぇ新鮮なんだけど。
でもなんかこーいうのほんまええですなぁ。
パキスタン人の直の暮らしを知ることができるのは非常に貴重な経験なので。
そのままずっと談笑して、この日は夜まで長居させてもらった(クソ迷惑)
帰ってきたもうTの一人の妹と弟と会って挨拶、これで親父さん以外の家族全員と挨拶することに。
妹たちは英語教師やってるらしい。ちなマムもそうだったとか。
そしてTもTの弟もラホール大学出身とかなんとか。
やっぱ家族全員エリートですやん!!
ちなみに親父さんはドバイに住んでるらしい。えぇ…
まぁじゃないとパキスタン人のTも軽率に日本で働くとかできんわなぁ。
これは後で聞いた話だが、パキスタン人が日本に来るには非常に厳しい制約があるらしい。会社としての保証人が必要だったりある程度の資金やら必要書類は20枚以上あるとのこと。しかも審査内容は相当に厳しい。英語なのか日本語なのかは当然覚えてないといけない(これは第二言語が英語のパキスタン人にとっては苦ではないが)。それ故基本的には日本にはエリートしか来れないはずなんですけどねぇ…だからなんでこんなにアホなパキスタン人が流入してるかは謎。絶対それで儲けてるヤバいブローカーおると踏んだ。
帰る前に、Tが次の日観光を手配して一緒に周ってくれるとのこと。
ちなみにTは車椅子でTの友達も付き添いで来てくれるらしい。
しかも、ちょうどワイが見たかった、某有名旅Youtuberも行ってたインドとの国境の「ワガ・ボーダー」のセレモニーも見に行くということで。
いやぁ、ラホール観光超楽しみですねぇ!
Tと家族に別れを告げ、宿に戻る。
すっかり暗くなってしまったが、ラホールも外務省危険情報レベル2なのに、一人で歩いていても全く危ない気配がない(危ないのは交通事故くらい)。
むしろカンボジアとかラオスとかの夜の体感の方が圧倒的に危険を感じる。
前にもどこかで書いたが、イスラム圏は強盗とかスリとかそういう類のものが本当に少ない。そんなん万が一やったら、村八分LV.100なので生きていけなくなることを考えたら無理だし、彼らはクルアーンの教えに背くことを極端に嫌うので、よっぽど頭イカれた奴以外はやらない。
じゃあ危ないのはテロとかそっちという話になるかもだけど、ワイが行った時は全くそんな気配もなかった(20年ほど前は結構あったらしいが)。しかもその時間その場所をピンポイントで爆撃されるなんて、そんなん日本で遭う交通事故よりもよっぽど確率が低いので、運が超悪かったということになる。
なので結論、毎日空爆とか〇〇派みたいなのが蔓延ってない限りはよほど運が悪くない限りは大丈夫、って感じでした。それより腹ブチ壊すのと闘う方がよっぽど大変。
宿に帰り、そのままシャワーを浴びてすぐ就寝。
より人の温かみを感じた日になりましたとさ。

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